主はどこに?


ある日、視界の左上が白く陰る。
振り払えぬ陰の先を探すと、確かに陰がある。
凝視続けてしばし、目前に蜘蛛の巣を見つけた。


・・・


アルテミデのアルミの傘を上の2つの支点とし、
下端は机に置いたレンズ拭きの布。
巣は携帯電話に納まるほどの大きさ。


見ると小さな小さな主が中央に居た。


この大きさだと、ホコリですら巣に絡まる。
見つけた日の朝に張ったのだろうか。
しかし、なんて素早い展開だろう。


巣は、研ぎ澄ました2Hか3Hの芯で描くような
綺麗な細い線で出来上がっていた。


一度、その小さな完成された構造に気付いて
しまうと、壊せないな・・・困った。


柔軟な構造なので、掃除の時にひょいと動かしつつ、
なんとか数日を共にする。その内、場所を選んで
どこかに行ってくれないかと期待しつつ。


そもそも、どうやってここに辿りついたのだろう?
蜘蛛の旅は冒険に違いない。歩いて来たにしては
遠すぎる。何かの拍子に風に乗ったのだろうか。


しかし、その労が報われる場所とは思われないよ。




数日が経過した頃、巣に大きな穴が開いていた。
使い込んだ小さな消しゴムほどの大きさの。


どうも、空家のような荒れた雰囲気が、在る。
それから数日、観察するも主をみない。
巣は、ますますホコリが絡まり、崩れてゆく。


小さな主、移るなら張った巣の材料は回収するはずだ。
何度も張るに十分な量は持ち合わせてはいないだろう。


ますます、困った。


取り除いてしまって良いのかい?
この大きな穴は、襲われた痕跡なのだろうか。

ここで大きく育って欲しいとは思わないけれど、
自分が我慢すればしばらく楽しめそう、と思ったのに、
お別れは、思いの外早くに来てしまったのか。


どうしよう、困った。






主はアルテミデの傘影に居たのかもしれない。
夜通し灯るアルテミデ、その熱に参ったのか?


意を決し、今朝、お別れをした。


あの立派な小さな巣は、解き丸めると綿ぼこりにも
満たない、僅かな量でしかなかった。


この少量で、なんて効率良い構造をつくるのだろうと、
最後まで驚かされる。