グラスゴーのRITA

そのつもりはなかったものの、ニッカの工場を訪ねた。
比較的近所に在る古くからのウイスキーの工場。


竹鶴氏がどうしてここで作り始めたのかは知らない。
ピート、つまり泥炭があったからなのだろうか。


余市は5号線を抜けて日本海から太平洋へ抜ける要所。
それは太古から通じる北海道の地理事情に他ならない。
低地であり、縄文の頃は海進もあり湿地たる条件は整う。


良質な泥炭は今もあるのかもしれない。


シングルモルトと呼ばれるスコッチウィスキーのなかでも、
アイレイのものは特に興味をそそられる。


特徴は泥炭を通って流れ出る泥水のような水を使い、
泥炭=ピートを燻して香りを付けた独特のお酒。
お酒の味を覚えた直ぐに知り、以来、好きな傾向にある。






正門を入ると、軟石を積んだ工場が並ぶ広場に入る。
建物はアーチを組んだ開口のあるもの、これらに囲まれた
広場はとても心地よい。


建物、どれも軒先は背伸びすれば手の届く低さ。
アーチ構造の出入口の開口は高いもので1800mm程度。
低いものは1500mmほどだったろうか。


この小さな、ミニチュアとも思える大きさが作る、
こじんまりとした広場の心地よさは抜群のスケール感だ。


かつては日本、北海道でも体験できたであろうこの大きさ、
今の街並みからは失われてしまっている。
このスケール感に包まれる心地よさ、久しぶりに堪能した。


訪ね、経験出来たことに感謝する。




創設者である竹鶴氏は、ウィスキーを本場スコットランド
学んだのだそうだ。そうして伴侶、RITAさんに出会う。
彼女との結婚式は1920年グラスゴーにて。


グラスゴーと聞けば、建築を知るものなら直ぐに思い浮かぶ。
チャールズ・レイニー・マッキントッシュの名を。


マッキントッシュは、例えばハイバックチェアーが有名。
誰しもが目にしたことのある、今もお洒落に思うだろう椅子。


RITAさんはマッキントッシュが活躍した街に生まれ育ったらしい。
当然、彼の作品も知って居ただろう。また、そのモチーフに
日本の造詣が敬われていたことも知っていたのかもしれない。


彼らが余市で住まう家、復元されたその家で見学して見つけた


機織の道具のような緻密で実に細かい確かな組子細工を両面に
使い、ガラスという西洋のもの、色付きのものが用いられる。
ガラスとガラスの接合部分は細い組子に隠され、実に綺麗だった。


おそらく展示用に灯された蛍光灯を消せば、その良さは、
もっとよく理解できるに違いない。






グラスゴーでは幾つもの建築を見たのだけれど、
これはその一つ、街中の目抜きにある喫茶店
ウィローティー・ルーム」


おそらく竹鶴氏、RITAさんもここでお茶をしたことがあるのではと思う。
今となっては、ナイと考える方が不自然なのだと思う。


今も一際目を引く可愛らしい佇まい。
刺激的な空間、座り心地は決して良くないものの、
ハイバックの椅子に座り過ごす午後は格別であった。









彼等の残した成果は今も受け継がれる。
工場見学路には試飲出来る場所がある。
頂いたのは余市で作られたモルトのみのお酒。


本場のお酒そのものではなく、
真似しただけのものではなく、
自ら求めた創造の嗜好品。


建築は嗜好品ではない。
ただ、その変わらぬ、追い求めるべき価値という点では
実によく通じるとも思える。