ロン・カーター

水曜の音更での定例、帰宅はいつも夜が遅い。
いい加減、車では帰って来れる気がしないし、
泊れば2日を消費してしまう事もあり、今は
JRの利便性に慣れてしまう。大変に楽です。


朝10時スタートの定例は分科会含め終えるのは
夜の7時前後、最終で帰ると札幌駅は午後11時。
やっと帰ってきたと一服したいものの、
無駄を惜しみ家路を急ぐ人の波の中に置かれ、
緊張を解す間もなく私も家路を急ぐのが常・・・
がしかし、先日は5時に定例を終え、札幌駅着が
午後8時過ぎ。すると、これから何処かへという
人もあり、無駄の許される時間帯でもあって、
その空気に誘われてつい、足は街中へと向く。
結局はススキノまで到達、帰宅は深夜であった。
本末転倒だったのだけれど、これは仕方が無い。


最後は同窓の先輩のJAZZバーに辿り着く。
序に、ロン・カーターの講義をして頂く。
聞いたのは3枚のレコードであった。


マイルスの一枚は、何か大きなホールの一端で
トランペットが、もう一端ではピアノが等々、
思い思いに音を出しているかのような状態で、
調和しているのだかしていないのだか、しかし
それが非常にスリリングで一つのミスも許さ
ない様な、高い緊張を失わない不思議なもの。
これを律し音楽に仕立て上げていたのがロン。


彼は、ボロンボロンと密かに低い音を発して
私にでもリズムを取らせてくれていた。
ベースは弦を弾き音の像が結ぶまでに時間を
要する楽器、誰よりも早くに弾く。つまり、
彼がこのデタラメのような状態に秩序を
齎せていた張本人であった・・・のかもしれない。


かと思えば、渡辺貞夫との一枚はノリノリの、
楽しさ溢れる一枚であったり、ギターとの
デュオもあった。変幻は自在、素晴らしい。
その場の空気を音楽という調和へと導き、
仕立て上げてしまう。


つい、建築を考える自分が在るのだけれど、
個々に最良でも調和を失えば音楽にならない。
お金を掛けても良い建築には成らないのに似る。
逆に、どのような状態でも音楽に出来る能力、
私のような音楽の造詣の無い人にもリズムを、
グルーブを感じさせられる技量があるなら、
どのような状態でも纏め上げられるのかも
しれないと思ってみたりしつつ。


この奏者、元々はチェロ奏者でクラシックの
出身らしい。技量も表現力も理解も深い奏者。


宿題を抱えている私は、これを発見して・・・
その気になってスケッチを試みたのだけれど、
酔った勢いのものは大抵、翌日に眺めると、
何だろう?というものではある。
気付けばモンドリアンか、ドゥースブルフ
でも成った気持ちだったのだろうな。さぞ、
気持ちよくスケッチしていたに違いない。


次の定例に持ち込むには、修練の時間は
残されていない。エッセンスだけでも
取り込めるなら、気持ちよく絵が描ける?
もしも私が気持ち良く描いてしまえば、
現場代理人は嫌な顔をするんだろうけれど。
いつも何事にも動じずに元気に笑顔で
迎えてくれる彼の笑顔を失わないように
取り組まなくては。