建築を見に行く。

建築は光、大きさ、質感から出来上がる。


光は太陽光、天空光、照明などの人工照明など。
大きさはスケール感覚、大きさの感覚。
質感はテクスチャー、質や表情の事でしょうか。


組み合わさると不思議な世界が広がる。
これは写真では伝わらない”リアル”なもの。
それ故に、実際に見なければ理解が及ばぬもの。


どれだけの空間を知っているのか?は
過去から学べる大切な素養でもある。
この世のどのような名作をもってしても、
自然の美に適う建築が未だない。これは真理。
もしも適うものが出来上がったとすれば、
人は”美”のようなものに到達するのだろう。
不十分であるが故に挑戦出来る世界が今も尚、
ある事が嬉しい。挑戦は人の性だろうか。




先日、学生時代より最も影響を受けた建築家の
一人、村野藤吾という日本の近代建築の礎を
成した建築家の建築を見に行くことが出来た。
中でも傑作、重要文化財にも指定される建築、
「世界平和記念聖堂」を。1954に開かれた建築。
60年も前、原爆に焼かれた街、広島での取組み。
今はビルの影にひっそり堂々と、佇んでいた。


既製品など存在しない頃、全てが創造の産物、
手仕事で建築が出来上がる。今では考えられない
ような高価な仕事が最も安価。故に、どこまでの
仕事を求められるのか?挑戦していた頃の建築。


ビル影に潜みながら、曇天の朝にも関らず、
当時、思い描かれた希望を託したであろう塔は、
今も堂々とした様であった。


この塔はとても印象的にみえる。秘密はある。
ただ、真っ直ぐな直線では作られてはいない。
この建築家はギリシャの建築の柱にある、
緩くたわんだ柔らかい線を使いこなす建築家。
その効果を今に伝える建築を数多く残している。
「?」と感じる部分は全て、様々な工夫が凝ら
されている。訪れた人にどう感じてほしいのか?
それを大切にして取組まれている。

この正面のバランスは現代の建築では到達が
出来ないのではないかと思うほどのオリジナル、
手の仕事が冴える表情に支えられた、あまりに
素朴で質素な仕事、材料から出来ている。



分厚い壁、大きな柱、薄暗い室内。デジタルでは
この朝の薄暗い室内に広がる谷崎潤一郎のような
隈の覆う空間は撮れないかもしれない。実際、
目で見たい上に綺麗に撮れてしまう。陰影のある
奥深い空間が広がっていた。


装飾のない素朴な様は、かつて欧州で見聞した、
明らかにロマネスクの教会を思わせるのに、
どこか日本的風合いも持ち合わせている不思議。


そもそも、雛形も参照できる建築もない頃故に、
幅、奥行き、高さは全て編み出したものなのだと
思われる。突飛もないほどの取り組み、当時既に、
インターナショナルスタイルと呼ばれる近代の
建築様式が日本においても主流になりつつあった
ことは事実。実際、時同じ頃、原爆資料館
丹下健三によって設計されてもいる。
二つの建築を見られる広島。



側廊の眺め、正面には聖母がこちらを向いている。
惜しむらくは時間があまりに限られていたこと。
焦りはあった。本来なら先ず、ただ眺めて感じ、
次いで何を感じたのかを確かめ、後にカメラを
構え、そしてスケッチをしていたのだと思う。
そうすると、容易に半日は過ごせただろうに。


時々載せるスケッチは、そんな贅沢をした旅で
描いたもの。どれだけ感じてこれるのかも、
これもまた挑戦。知った術を自分のものにすべく。